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糸魚川ユネスコ世界ジオパーク特集!【20.焼山ジオサイト】

糸魚川ユネスコ世界ジオパーク
フォッサマグナの西側の断層である「糸魚川-静岡構造線(糸静線)」が通るなど、日本列島の形成を示す貴重な地質や特徴的な地形を見ることができます。これらを分かりやすく紹介するために、地質や文化・歴史を感じることのできる場所を「ジオサイト」があり、それぞれのテーマを持ったジオサイト(見どころ)が、糸魚川市内には24のジオサイトが点在しています。また、合わせて、2つの国立公園(中部山岳、妙高戸隠連山)と、3つの県立自然公園(親不知 (おやしらず)・子不知(こしらず)、久比岐(くびき)、白馬(はくば)山麓があり、温泉や登山などにより雄大な自然を満喫できるほか、国・県指定の文化財が多数存在するなど、ジオに関する話題が豊富なことから、一人ひとり違った切り口で楽しむことができます。
糸静線を境に、文化、習慣、風俗、言語などが異なるなど、東西日本の分岐点又は混在地域として特徴的な地域であり、いろいろな不思議が隠されているんですよ。

それでは、糸魚川ユネスコ世界ジオパーク特集!第20弾
【20.焼山ジオサイト】活火山における温泉と砂防
焼山(2400m)は、フォッサマグナ最北端の火山であり、約3000年前に誕生した若い火山です。山体は、室町時代(1361年)に成長した溶岩ドームで、今も水蒸気を上げています。焼山は、九州・雲仙普賢岳と同じような火砕流を噴出する火山であり、たびたび早川谷を火山灰で埋めてきました。地質調査によると約400年間隔で、大きな火砕流を噴出し、平安時代と室町時代の噴火では、海岸線まで20km以上の距離を流れ下ったことがわかっています。

中川原新田の台地は、平安時代にできた火砕流台地です。水はけが良すぎて水田に適さなかった台地は、江戸時代から始まった新田開発によってみごとな水田に生まれかわりました。噴火で埋もれたブナの立ち木、溶岩流、焼山の土台をつくる硯石(フォッサマグナの泥岩層)、火砕流と土石流を防ぐ砂防堰堤などを、緑豊かな上信越高原国立公園の中で見学できます。帰りは、火山が恵んだ温泉で汗を流すことができます。

【焼山の登山・入山にあたって】
笹倉温泉から登山口までの林道は、治山工事中のため一般車両は、土・日・祝日(冬期間除く)のみ通行できます。ただし、それ以外は徒歩でのみ通行可能です。焼山山中にはほとんど水源がなく、登山道は未整備な箇所が多く熟練者向けの山です。また、突発的な火山活動の可能性があります。充分な注意が必要です。

1)焼山(やけやま)
焼山は、糸魚川市と妙高市との境にあります。妙高山、火打山とならび、頸城(くびき)三山と呼ばれています。標高は2,400mもありますが、火山そのものの高さは約400mしかありません。
1773(安永2)年の噴火以降は、火砕流や溶岩を伴うような噴火は認められていませんが、現在でも時折、噴気をあげているのが確認されています。
1974(昭和49)年7月27日の水蒸気爆発では噴火にともなって飛んできた噴石で植物調査中だった千葉大学の学生3人が犠牲になりました。以来、入山禁止となっていましたが、2006(平成18)年12月に入山禁止は解除されました。

2)砂防ダム
今後の焼山噴火に備え、気象庁が地震計を、新潟県が監視カメラなどを設置しています。火打山川や焼山川には、火砕流や土石流を一時的にせきとめる砂防ダムが数多くつくられています。

3)炭化木・中川原台地
炭化木とは、火砕流堆積物から見つかる焦げた木です。火砕流になぎ倒され、熱のために炭になってしまったものです。上早川小学校のグラウンド改修工事では、炭化木が多く見つかりました。ここ中川原台地は、1,000年前の火砕流によってできた火山灰の台地です。江戸時代の新田開発によって今は、みごとな水田になっています。

4)ブナの立ち木
川原に残る焼山誕生を物語る証拠です。焼山最初の噴火によって埋もれた木が約3,000年前のものであったことがわかっています。この辺りは、焼山誕生の前は、ブナの森林だったことがわかります。

20焼山ジオサイト表

20焼山ジオサイト裏

糸魚川世界ジオパークを巡った後は、ホテル國富アネックスの開放的な露天風呂で旅の疲れを癒していただき、レストラン『ラ・パレット』で地元五蔵の地酒とお料理を、ご堪能くださいませ。
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。

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